#06.資産とは? 豊かさの価値基準が変わる

建築の設計をしている立場から見ると、土地の価格の高さを恨めしく思うことがよくある。

土地購入に4000万円かかってしまい、建物には2500万円しか確保できない。よく言われる言葉である。別にローコスト住宅が悪い事ではない、設計者としてはそれはそれで楽しい。

ただ、土地にはお金を出せるが建物には・・・、これが気に入らない! 理解できるがシャクだ!

不動産と言えば、土地、やはり土地は財産と考えてしまうのも分からないではないが、国の政策(税金を取ろう)にまんまと乗せられて、価格維持、引き上げに便乗して一部の人間だけが利潤をむさぼる構図はおかしい。

価格に至ってははもっとおかしい。本来の使い道とか実際の価値でなく、資産、担保として土地を「利用」したあげくの爆発がバブル崩壊であった。

何もここで再びバブルを語るつもりはない。それ以前から続いている社会のしくみ、構図に注目し、崩れつつある仕組みを検証してみたい。

財産と言えば、大きく2つに分かれる。

1つは不動産。これは「土地及びその定着物」と民法に定義があります。要は農地や山林を含む土地とそこに建つ建物、工作物類が不動産で、その他のものは動産と呼ばれる。衣類、家電、自動車、絵画彫刻、宝石、貴金属等、不動産以外のもの全だ。

確かに動産も投機の対象になってはいるものの、一般庶民には直接大きな影響はない。投機筋の人、手に入れたい人の勝手である。

一方、土地の方は直接的には家を持ちたいに始まり、企業の融資の担保としてなど多くの人、間接的には、貧しい町並み、建物として国民全員に影響が及ぶ根の深い重大問題だ。

従来の銀行は不動産がなければ融資をしないと言われるほど、担保重視の姿勢だった。土地神話なるものが根底にあり、右肩上がりの高度成長のせいもあって、多少割高であっても人は無理をして土地を購入してきた。

これが誤りの一つ。

銀行も融資先の信用度、能力などの査定もしないで安易な担保融資をしてきた。これが二つ目。

値上がりを期待して投機目的で不要な土地まで購入して来た。三つ目、やや犯罪色あり。

それを後押しした金融機関、もしくは持ちかけ勧め、融資したのは・・・もはや犯罪だ。この繰返しで土地は、実際の利用価値とはかけ離れた価格になってしまった。悲しいかな、これが日本を支えてきたのも事実で、一時、世界一の資産家にもなれたわけだ。

世の中には資産家と金持ちがいる。両方の人もいる。違いが分かるだろうか?

広大な土地を都心周辺で持っている人がいる。アパートも持っている。これは、とてつもない資産家だ。だが、金持ちかというと一概には言えない。庶民よりはゆとりがあるかもしれないが、質素な生活を強いられていることが多いし、手持ちの少ない人も多い。なのに資産が多い分、相続で苦労しているだけの人も多い。

これは、豊かだろうか? 貧しいと言えないだろうか。使用価値のある資産こそが豊かさの証である。この考え方こそが、会計ビッグバンの目玉の一つキャッシュフローの思想である。

従来では資産がものを言う基準だったので、使う当てがなくても土地を購入していたが、この国際基準の導入によって、企業は遊休地は当然、本社までこぞって売却し出したのである。資産を減らして、実質、豊かになる為にである。

同じことが庶民にも言える。

土地付きの家を購入した。資産は増えたかもしれないがローン地獄でいつもぎりぎりの生活、その前も貯金、貯金で豊かな暮らしはしていない。企業とて同じことで、借入金の返済に追われているだけでは利益が少ない。その元凶が土地崇拝と値段にあると考えるのだ。

本当の豊かさは資産ではない。豊かさを資産と掛け違えて、資産を持って満足しているに過ぎないことが多い。企業は会計基準の変化から変化を余儀なくされているが、個人はまだこれからのようだ。

ニューヨークマンハッタンの土地の所有者は何人いるかご存知だろうか。ほんの数えられる人数で80%以上の土地が所有されているのである!信じられるだろうか。そして、ほとんどのビルは100年単位の借地の上に建っているのである。

土地よりも建物に資産性のウェートを置くので、自然と建物も立派になっていく。ボロで使いづらいものより、きれいで使いやすいものの方が家賃が取れるのは当然だからである。不動産は家賃がいくら取れるか(収益を生み出せるか)が勝負なのである。

土地代がかからない分、建築費や家具などに予算がまわされるので、実に優雅な環境やインテリアを目にする事が可能になるのである。実質日常的に使うところにお金を使う。実に合理的で満足度も高いのでははないだろうか。

日本の場合は土地にウェートを置く体質なので、どうしても建物がおざなりになりがちである。第一、予算も土地に取られて、建物にまで充分廻らない。ましてやインテリアまでなんて。

結果、高いお金を払ってるのに貧しい住環境、オフィス環境が蔓延しているのが現状だ。土地取得にお金がかかるから、家賃も高くしざるを得ない。誰も喜ばないシステムになっていた。

土地にばかり重きを置き、実態とはかけ離れた価格にまで引き上げ、実体のない資産家とはなったが、バブルと土地神話の崩壊と共に実際に貧しくなり、銀行も不良債権で痛い目に会い、少しづつ変わってきているように言われている(実態まだまだ)。ようやく今、一部の人が本質に気がついてきたことは、喜ばしい事だと思う。

そこで今度は「収益還元方式による不動産鑑定」の登場である。

これも国際標準であるが、これこそ実態に近い利用価値に基づく鑑定方法で、その土地や建物が実際いくらの収益を上げられるかで不動産のコストをはじく方法である。

国際標準が全て良いわけではないし、多くの問題もあることも事実だが、設計者としては歓迎だ。と言うのも、どうも不動産関係、金融関係や世間の常識と実態が、建築設計者の視点とはズレがあるのか価値観が違うのか、疑問に思うことが多かったからである。

我々設計者は以前から土地の持つ本質を、見ているのではないかと感じる事があった。その視点に近づくのがこの収益法なのである。

次回は、どこが変に感じていたか、収益法導入で大きく変わるであろう土地の値段、常識について述べたいと思う。これからしばらくは土地のババが多く出てくるはずだ。

本来価値のない土地なのに従来の値段設定方法のままだと非常に高いものをつかむことになる。近い将来暴落する。

それはどんな土地か? 角地は割増? これでも? など具体的に公示価格の算定方法の矛盾などをついてみたい。

代表取締役 伊藤 正

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