#11.道具

本当に久しぶりのコラムである。今回は広い意味での「多くの道具、少ない道具」について考えてみたい。

まず、コミュニケーションの道具である言葉。

ご存知のように西欧はアルファベット26文字の大文字、小文字、そして数字。その組み合わせによって、ありとあらゆる言葉を作り出している。一方、日本はと言うと、基本になる「ひらがな」だけでアルファベットの約倍の51文字、それにカタカナもあり、小文字もある。

加えて、誰もが自信を持って得意だと言い切ることの出来ない「漢字」が何千文字も存在する。漢字は一文字で、あるいは構成される「偏」と「つくり」にもそれぞれの意味をもつ。

これだけの文字を覚えて、駆使することが賢いのか?少ない文字の組み合わせだけで完結してしまう言葉を作り出した事の方が賢いのか?少なくとも、使う言語によって脳みその使いかたに影響があるのかもしれない。また、コンピューターにとってはアルファベットの方が都合良さそうだ。

日本人は何でも細かく道具を用意して、それらを微妙なデリカシーを持って駆使しているかと言うと、食べる時に使う道具に目を向けると、一転して反対の立場にある。

日本は「はし」と手だけで殆どのものを食べる。一方西欧料理の場合、例えばフランスのフルコースなどで見られるように、西欧は野菜を食べるフォークと魚、肉、を食べるフォークやナイフが異なり、スプーンも様々なものを使う。最初は戸惑ってしまうほど、食べるものによって道具を使い分ける。

では日本人には手作業に必要な道具を作り出す能力がないのかというと、大工道具を始めとする工具は非常に細かく、繊細に道具が分かれている。殆ど芸術品とも思えるすばらしい道具を作り出す能力は持っているのだ。

住宅においても、部屋ごとに利用目的を限定する設計と、マルティパーパスでフレキシブルなスペースを用意するといった考え方がある。

元々、日本の庶民住居は部屋ごとに用途を限定せず、食事をした後片づけをして布団を敷く事が一般的だった。まさに多目的な部屋である。

これだと狭い面積でも十分に生活が出来た。また、広い住宅は広いなりに襖を開けて大広間を作り、結婚式からお葬式まで同じ場所で行なってきたのだから、今となっては驚きである。

戦後からは公団が中心となって西欧をモデルに寝食分離を1つのテーマに個室化を推進して来た。寝食分離は定着したが、各用途ごとの部屋が分かれるまでには至らず、ここ最近では応接室は無駄だと真っ先に省略されたり、リビングとダイニング、そしてキッチンと細かく部屋を分けるのではなく、LDKに象徴されるように大きな部屋で何でも家族が一緒にできる、顔の見える住宅に人気が集まってきている。

生活様式も変わり、寝食分離の代償にかつての面積では生活に十分とは言えなくなってきている。特にマンションなどは画一的なスタイルでの生活を強要しているようで感心できない。もっと、様々な生活スタイルがあっても良いのかもしれない。

代表取締役 伊藤 正

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